近所に少し前にできた、片言で砕けた物腰のインド人がいるカレー屋で遅めのブランチをとる。残念ながら今回は目当ての彼はいなかった。
というのも、初めて訪れた時、よほど客がなかったのかそれとも気のまぐれか、やたらに好意的に話しかけてきた上に最後には厨房にまで招き入れ、ナンを焼く石焼窯を解説つきで見学させてくれたのが彼なのだ。曰く「この市で炭火で焼いてるのここだけ、普通は絶対みせない」。後ろ半分をしきりに繰り返すあたり、多分気に入った――彼の気まぐれに遭遇した――客には片端からみせているのだろうが。
その窯で焼かれたナンに蜂蜜をこれでもかとかけたものを、チキンカレーに注意深く浸して口に運びながら考える。カレーの調律されたスパイスの風味と鳥のコクが口腔を焼き払った後に、蜂蜜の甘味が喉の奥から舌の先、そして鼻腔を清々しい風になって吹き抜ける。この手の先入観を突き抜けた先にもたらされる作品に触れた時の、人のある種の驚嘆と賞賛入り混じった感覚は万人共通だと思いたい。現に、インディアンの彼と僕との間には、少なくともこの点においては繋がりあえたのだろうから。
丁子煙草が焼け野の口と喉を刺激する。近づく冬と、インド洋の熱帯気候を思いながら、英世一人になってしまった財布についての思考は頭の外に追い出した。
給料日まであと三日、なあに、どうということはない。