「あんたは無なの?」
なるほど、新興宗教の信者らしい言葉だ、と思った。地獄の階層でも語って聞かせてくれるのだろうか? 宗教論はもう沢山だ。
ちょっと考えれば分かる。生きてる以上、無にはなれない。欲はヒトとしての本能だ。それら全てを捨てなければ無ではない。
「無じゃないでしょ、欲張りだものね」
だんまりを決め込んだ僕に言葉を続ける。その通りだと思った。僕は無になりたい。つまり今は無ではない。心を消せたなら、きっと楽になれるのだろう。機械のようになれれば。こんな風に飢えなくていい。思い煩わなくていい。壊れて動けなくなるまで、彼女に尽くせたらと思う。
「あんたは無になりたいの?」
言葉が続く。そうだ、と思う。生きることも、消えることも出来ないなら。無になれれば。一個の機械のようにあれれば。
悲しくもないのに、視界が滲む。ドライアイで、悲しくて泣いてもまともに涙さえこぼれない目からぼろぼろと滴り落ちる水。
空っぽの頭で考えていた。
この水が心なら、全部出してしまえば無になれるのかな、と。